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避難港から重要港湾へ、その背景と取り組み

 御前崎港周辺の海域は、荒天時に避難する港が無かったことから、古くから避難港の設置が望まれていました。昭和11年には避難港としての指定は受けたものの、戦争のため工事着手には至らず、昭和23年から整備が開始され、昭和35年には防波堤1,168mが完成し避難港としての工事は完了しました。

 また、昭和26年には、地方港湾として指定され、後背地の要請に応じ、水産基地並びに建設資材の搬出港としての整備が進められました。

 昭和40年代に入り、我が国経済の急速な成長に伴い木材の輸入が急増し、清水港の補完的役割を果たすべく木材取扱港としての整備が推進され、御前崎港の取扱貨物も増加しました。貨物増加を契機に昭和50年には、重要港湾として指定されたことを受けて、昭和51年には港湾計画が策定され多目的港としての脱皮を目指した取り組みがスタートしました。

 その後、御前崎港においては、背後地域関連貨物への適正な対応や船舶の大型化、コンテナ輸送の一層の拡大に対応するため、水深-14m岸壁を備えた国際物流ターミナルの整備が進められ、平成16年1月に供用が開始されるなど、港湾機能の拡充が進められると共に、「エネルギー自給型港湾」を基本理念とした風力発電施設の整備も進められ、港の新たなシンボルとなっています。

写真:昭和21年

写真:昭和36年

写真:昭和41年

写真:平成元年